ゲーマー徒然草
ゲームを中心にマンガやアメコミ、趣味のお話を。軽く読み流して下さいね。
偏愛者の不安
現政権の柳沢伯夫厚生労働大臣の「女性は子供を産む機械」発言が波紋を呼んでいるのはご存知かと思いますが、そのニュースをテレビで見ていたらちょっと面白い声が流れました。それは柳沢大臣の地元で街頭インタビューをした映像なのですが、柳沢大臣の支持者の中からこんな意見が流れたんですね。
「う〜ん…さすがにこれは擁護しようがないなぁ」
「擁護」という言葉を使うからには、心情としては「出来る事ならかばってあげたい」という気持ちは少なからずあるのでしょう。しかしいかんせん発言が極端すぎてマズい事は分かっている。こうなるといくら支持者でもかばうにかばいきれない…というわけで「擁護しようがない」と言ったんでしょうね。大臣の支持者ならではのジレンマが浮き出ている、とてもいい街頭インタビューでした。

好きだから、支持をしているから何をしても許せてしまう…というくらいまで偏愛するようにになれば立派な「信者」、または「信奉者」と言えるでしょう。これは人だけでなくブランドなどでもありますね。ゲームの世界でも「任天堂信者」や「セガ信者」など、特定のブランドを愛する人を信者呼ばわりする傾向が昔からあります。もちろん今さらここで言うまでもないですが、私なんかはバリバリの「任天堂信者」「任天堂信奉者」と言えるでしょう。実際、任天堂ブランドが付いているだけで「大丈夫、任天堂だもん」などと、冷静に考えればせいぜい実績以外に根拠のないような論を展開してソフトを購入している事は多々あります。
だからこそ不安になる事があります。もし任天堂に何か不手際があったり、(考えにくいですが)現在の路線を全く変えてライト向けのゲームしか出さなくなったら、その時に私は大好きな任天堂を堂々と批判する事が出来るのでしょうか。ひょっとしたら間違っているのは分かっていながら擁護に走ってしまうのではないでしょうか。熱烈なファンだからこそ批判できなくなってしまうのはよくある事です。自分もそうなる可能性があるだけに不安を感じてしまうんですね。

私はずっとパソコンはマックを使ってきています。高校時代に父親が仕事用にと「クラシックII」(カラーではなく)を自宅に持ってきてから、ずっとマックを使い続けてきました。それ以前は富士通の「FM-7」という機種を使っていましたが、このリンゴマークのパソコンを知ってからは「パフォーマ」を皮切りに「PowerMac」「imac」「ibook」…と来て現在のG4(改造済み)に至るまでマック一筋でここまで来ました。
そのマックの発売元であるアップル社、最近はご存知の通りデジタルオーディオプレイヤーのipodとその周辺機器が絶好調で、かつての倒産寸前の赤字企業のイメージはすっかり払拭されました。今やアメリカでは音楽配信においてはアップルに並ぶものはなく、ipodに勝てるオーディオプレイヤーもないという独走状態を続けています。

しかし私もそうなのですが、旧来のアップルファンの中にはそれが少し気に入らないとする意見もあります。アップルが好調なのは喜ばしいのですが、やっぱり本音としてはipodよりもマックOSそのものが評価されて欲しいですし、出来ればインテルチップなんかを搭載せずに独自路線を走り続けたうえで現在のような高い評価をしてもらいたかったのですね。もちろん時代の流れを上手に見極めた経営手法は見事の一言に尽きますし、現在の好調を喜んでいるアップルファンも大勢います。しかし、その一方で「今のアップルはオレたちが好きだった昔のアップルではない」と主張するファンが少なからずはいるわけです。

マックは大好きなパソコンですが、こうやって批判する意見を持つ事ができました。このアップル社に対する姿勢のように、果たして大好きな任天堂に対して客観的な意見をこれからも述べていく事が出来るのか。もしも任天堂の方針に不満があったら「ま、任天堂のやる事だから深い考えがあるんでしょ」なんてフワフワした擁護をせずに批判をする事が出来るのか。テレビの街頭インタビューに登場した人のように、堂々と「擁護しようがないなぁ」と言う事が出来るのか。
自分のゲーム論をしっかり持った人なら大丈夫なんですが、私はどうも任天堂への偏愛が強いので時々不安になるのでした。気をつけなければいけませんね。


もし明らかにおかしい事を賛辞している記事がこのブログに載ったら指摘して下さいね。なにせすぐに迷走しがちなブログですから…。




ゲーム仲間がそこにいる
年明けぐらいでしょうか、学生時代の友人と会った時に交わされた会話の中で興味深い話がありました。
その友人は学生時代はバリバリのゲーマーでして、私は彼に触発されてゲームにのめり込んでいったという経緯があります。彼がいなければ私は現在こうやってゲームをここまでディープに遊んでいたどうか分からないほど、私のゲーム人生の中で大きな影響を与えてくれた友人の1人です。
そんな彼も社会人になってからは全くと言っていいほどゲームを遊んでいません。いい機会ですから、その理由を尋ねてみたんですね。出来る事なら今でもゲームを遊び続けて欲しかったですから。

まぁ「社会人になって忙しくなった」など、いろいろな理由を思いつくままに挙げてもらったのですが、結論としては「近くにゲームを遊ぶ友人がいなくなったから」というものが一番大きかったようです。社会人になると、学生時代のようにゲーム仲間が集まって…というわけにはいきません。せいぜい月に1〜2回くらい会えればいいほうで、仕事などに日々忙殺されて過ごしているのがほとんどとなってしまいます。
この友人によれば、そういう状況になるとゲームがどれほど好きでもモチベーションが下がってしまうと言うのですね。1つのゲームで競ったり、好きなゲームについて話し合う仲間が近くにいなければ、自然と興味が薄れてしまう。それでいつのまにかゲームを遊ばなくなったという事でした。

確かにそういう状況になると「いかに好きか」が問われてくるのだと思います。本当に好きならば周りに仲間がいようがいまいが構わず続けていくのでしょう(実際、私がそうでした)。この友人はゲームももちろん好きではありますが、それ以上に好きになれる趣味がありましたし、仕事にも面白みを感じていましたから自然とゲームから離れていってしまったのだと思います。
せめて近くにゲームについて語れる仲間が1人でもいれば、彼は現在でもゲームを続けていたかもしれません。しかし、そういう仲間がいなければ別の趣味に流される事も充分有り得ます。ましてその別の趣味の方では近くに語り合える仲間が近くにいたらなおさらですね。やはり趣味は語り合える仲間が近くにいるだけで、格段にハマり具合は変わってくるものです。私と友人はそうやって社会人になったのを転機に、お互い別々の趣味の道を歩いていったのだと思うのです。

ネットに対応していないスタンドアローンタイプのゲームでは、遊んでいるプレイヤーは基本的に孤独です。たとえばゲームの中でとても面白い事や感動する展開、はたまたスーパープレイがたまたま出来たりしたら。当然、周囲の友人に話をしたくなるのですが、それが出来ないと妙に寂しくなるんですね。そんなゲーム友達となかなか会えなくなった頃のもどかしさは今でも忘れられません。「あそこのクリア方法でこんなのを見つけた!」「あのボス、どうやって倒した?」…そんなたわいもない会話がしたいだけなのに周りに誰もいない。そこに非生産的な趣味であるが故に起きる空しさを感じてしまうのです。

そういう考えからすると現在のようにブログがあるゲーム生活というのはとても幸せです。知らないゲームでも遊んだ方のレビューを見て遊ぶ気になってみたり、諦めかけていたゲームも「クリアしたよ!」というブログの記事を読んで自分も発奮させられたりと、ゲーム生活に活力を与えてくれるものとなっています。またこれは本末顛倒ではありますが、ブログで記事を書きたいから普段は自分では遊ばないようなちょっと趣きの違うゲームに手を出してみたり…と、自分のゲーム経験に彩りを加えてくれるような現象も実際に私の場合は起きています。

ブログ、またはネット経由という間接的コミュニケーションではありますが、やっぱりゲームには近くに楽しさを分かち合える仲間がいた方が楽しいのかもしれません。もしブログやネットがなくても間違いなく私はゲームを遊んでいるとは思いますが、現在のようにここまで真剣にゲームに取り組んでいたかは疑問です。

年齢を重ねるにつれて、だんだんとゲームを語る仲間が近くにいなくなるからこそ貴重になるゲーム仲間。ネットがあって、ブログがあって本当に良かったよなぁ…としみじみ思うのでした。
過去のゲームの対価とは
Wiiで過去のゲームが遊べるバーチャルコンソール、その2月の配信ラインナップが発表になりました。どのハードも非常に魅力的なタイトルが並んでいて、その素晴らしさたるや「こりゃしばらくはWii専用ソフトなんていらないんじゃない?」なんて思わず言いたくなってしまうほど。実に充実したソフトを並べてきた感があります。
ところが一部でそのタイトルの1つについて物議を醸しています。それはゼルダ64「時のオカリナ」のダウンロードに必要なポイントが1200も必要になるという事。64のソフトは今まで(…といっても2タイトルしかありませんけど)一律1000ポイントだったので、ゼルダだけ値段が高い事に拒絶反応を示す人がいるんですね。今までスーパーファミコンでもタイトルによっては100ポイントほど高かったりしましたが、やはり今回のように1000ポイントという大台をオーバーしてしまう事に抵抗があるのでしょう。

私個人としては1000ポイントを越えようが全然構わないと思っています。そもそもハードによって価格が均一化されている方がおかしいと思っていまして、本来ならゲームのボリュームなどによって価格を決めるものだと思っています。だから同じファミコンでも黎明期に発売された「ギャラガ」とハード終盤に発売された「星のカービィ」が同じ500ポイント必要になっている事のほうがよほどギャップを感じてしまいます。ちょっと納得し難いものが気持ちの中で渦巻いています。
64ゼルダ「時のオカリナ」の遊び込める深さはかなりのものですから、1200ポイントくらいなら妥当に感じていますし、64ではハードとは別に「拡張パック」が必要だった「ムジュラの仮面」や「ドンキーコング64」、「パーフェクトダーク」あたりのタイトルならそれくらい必要になってもおかしくはないでしょう。過去のゲームの対価を誰が決めるか議論の余地はあるかと思いますが、とりあえず現在のところは配信元である任天堂が決めるのが筋ですから、この価格が現在のソフトの相場という事なんでしょう。必要ならば払い、いらなければ払わない。単純な話ですが、そういうものなんだと理解しています。

「必要ポイントが総じて高い」というような「そもそも論」も未だに根強く残っていますね。確かに携帯アプリで比較的ボリュームのあるゲームが300円程度でダウンロード出来てしまう時代ですから、そう思う人がいるのも当然かと思います。実際、私もファミコンの「ドンキーコング」程度のゲームで500ポイントを払う事に対して、抵抗がないかと言われれば返す言葉に詰まってしまいそうになってしまいます。「ジュニア」や「3」ならともかく、ファミコンの「ドンキーコング」はアーケードの劣化版だという事は周知の事実ですからね。
でもハードを持っていれば確かに高いかもしれませんけど、ハードそのものから買いそろえると割安になる事と、何より1つのハードに違うハードのゲームが揃っている(それも合法的に!)という魅力には堪え難いものがあります。数年前はまさかソニックを遊んだ後にそのままのハードですぐマリオを遊べる時代が来るとは夢にも思いませんでした。過去のゲームを愛でる趣味を持つ人間にとっては、このWiiの便利さが有り難くて仕方がないのです。夢の競演を間近で見ているような錯覚すら感じてしまうのです。

私なんかはもし64の「どうぶつの森」がダウンロードできるなら1500ポイント出しても全く惜しくないんですけど…やっぱり賛否が別れるんでしょうか。いや、そもそもあのゲームそのものにファミコンソフトが収録されているから難しいかもしれません。バーチャルコンソールの意味が薄れますものね。
メガドライブは海外のソフトも配信されるそうで、そういう希少なソフトなんかも多少高くてもいいかと思うのですが、どうなんでしょうね。難しいところです。

記事01/22〜01/27のまとめ
日曜日恒例、一週間の記事のフォローです。

01/22「「黄昏の姫君」が終りました!」
去年の年末時点ではロクに進んでいなかったくせに、今年に入って「毎日据え置き機に一時間は触る」をモットーに遊び始めてからはいいペースで進行していきました。剣の奥義が4つまでしか教わらなかったりと遊び込みには欠けていますが、それはおいおい埋めていこうかと思います。
何が嬉しかったって、攻略サイトに頼らず自力でクリアできたのが一番嬉しかったですね。一部の謎解きでは「もうギブアップするしか…」なんて思った事もありましたが、1日置いてからプレイするとあっさりクリアできたりしたのが驚きでした。やっぱり頭を冷やすと違うんですね…。

01/23「エンディングを疑う私」
スーパーファミコンの「半熟英雄」、あれなんかはエンドロールが流れてから2分くらい経たないと次の展開に行かないんですよね。隠し展開を見ないで電源を切ったりリセットボタンを押したプレイヤーはきっと多かった事でしょう。せめて「この後にも何かあるよ」という雰囲気くらいは出しておいてもらいたいものです。「マザー3」くらい分かり易いと嬉しいんですけど…。
アーケードゲームなんかはワンコインクリアのエンディングを自力で見ない限りはクリアした気分にはなれなかったものでしたが、継続プレイが前提となっている現在のアーケードゲームではなかなかそういうゲームも少ないんでしょうね。ちょっと寂しいですが、これも時代なんでしょう。

01/24「黒いクモ、再び!」
実際、このブログのアクセス解析を見てみると、「アメコミ」や「シビル・ウォー」というキーワード検索から来て戴いている方もいらっしゃるんですよ。90年代の中頃に大きなアメコミブームが来た事がありましたが、現在はほとんど沈静化してしまっているというこの状況の中で、こうやってアメコミに興味を持って下さる方がまだいらっしゃるというだけで嬉しくなってしまいますね。そういう方の為にも現在のマーヴルユニバースの状況を伝えていきたいと思います。
で、スパイダーマン。黒いコスチュームをいつまで着るつもりかは分かりませんけど、とっととオリジナルに戻ってもらいたいと思います。黒が似合うほどクールなキャラクターでもないですしね。

01/25「休載のつぶやき」
ちょっと来月からブログの展開方法を変えようかと思っています。細かい事は下記の「近況報告」に書きましたが、要するに今までのショート記事のようなものもこれからは通常記事として扱うという事です。
いろいろと今年に入ってから心境の変化などがありまして。勉強したい事がいくつか出てきたんですよね…仕事のスキルアップの為にもある程度はそういう事も必要になってきてしまったのです。申し訳ありませんが、ご理解のほど宜しくお願いします。

01/26「謎解きアクションの新路線」
確かに想像していたゲーム性とは違ってはいましたけど、しっかり楽しんでいます「怪盗ワリオ」。謎解きそのものもそれなりに難しくなっていて好感が持てます。ひらめきと発想の転換が求められるのは今の任天堂作品に始まった事ではありませんけど、今作ではそれを突き詰めた内容とも言えますね。とても高い完成度を誇っています。
ちなみにとりあえずクリアはしました。ラスボスは「こんなのを敵にしちゃっていいの?」と言いたくなるような姿で、初めて見た時は思わず笑ってしまいました。う〜ん、任天堂も自社パロディを使うようになったか…。現在はクリア後のオマケをプレイ中です…が、難しいなんてレベルじゃないんですけどコレ。

01/27「まるでお弁当箱のように」
この「お弁当箱を好きなおかずで埋めていく…」という表現、かなり好きです。まさにそうなんですよね!Wiiのトップメニュー画面がどんなゲームで埋められているのかを見るだけで、その人のゲームの趣向が分かる様でとても楽しいです。
私はといえば、1ページ目にマリオとゼルダ、2ページ目にスーパーファミコンとメガドライブ、3ページ目にファミコンとPCエンジンのゲームをそれぞれ配置してあります。使用頻度が一番高いのは2ページ目なんですけどね。やっぱりこの時代のゲームが一番馴染むみたいです。


近況報告
・来月からブログがボリュームダウンする事になるかもしれません。仕事に関する勉強やゲームをする時間をしっかりと確保するためにブログを犠牲にしてしまうのは心苦しくはありますが、優先順位を考えると残念ながらそうせざるを得ないのが現状です。
ただ毎日何かしらの更新は続けていこうかとは思っています。記事にする事が何もない…という事はほとんどないのが幸いです。コメントの返信や、記事が雑記程度の内容になる事もあるかとは思いますが、宜しくお願いします。

・そう考えると私以上に毎日更新を続けているブログ仲間のめ〜たんさん(リンクの「とある大学生…」の方)とかはスゴいなぁ…と。見習わなきゃいかんのですが、いかんせん自分のスキルが追いついてこないんですよ。ゲームありきのブログですから、まずゲームをする時間を確保しなければいけないのが痛いところです…もっと力を抜いて頑張ろうと思います。



それでは来週も宜しくお願いします!
まるでお弁当箱のように
今日は記事を書く時間がないのでショート記事1つだけです。

Wiiで過去のゲームが遊べるサービス、バーチャルコンソールの2月の配信ラインナップが発表になりましたね。64ゼルダ「時のオカリナ」を初めとして、2月はWii向けのソフトがあまりないせいか、64ゼルダ「時のオカリナ」を初めとして非常に魅力的なソフトを揃えてきた感があります。
この来月のラインナップについては後日に記事にしようと思っているので、今は深く触れないでおきます。ただ、とりあえず私にとってバーチャルコンソールというのは立派なキラーコンテンツの1つなんだなぁ…とは改めて思ってしまいましたね。特にスーパーファミコンやメガドライブ、PCエンジンのソフトの中には、下手をするとWiiの新作ソフトよりも魅力的に見えてしまうものすらある有様となっています。

なによりWiiのメニュー画面がバーチャルコンソールのゲームで埋まっていくのを見ているだけで嬉しくなってしまいますね。最新のハードであるWiiのメニュー画面にファミコンソフトである「いっき」や「ソロモンの鍵」のアイコンが敷き詰められていくのが妙に味があって面白いのです。
「まるでお弁当箱を好きなおかずで埋めていくみたい」と誰かが表現していましたが、まさにその通りだと思います。4ページ12マス、全部で48マスあるメニュー画面の空欄を、自分の好きなゲームで埋めていく。それだけで楽しいんですね。アイコンの場所を入れ替えたり、「このページはメガドライブ専用にしよう」なんて自分でルールを決めて配置したり…。なんとか自分らしさを出そうと、アイコンの入れ替え作業をするだけで熱くなってしまいます。この作業が私には楽しくて仕方がないのです。

現在は有名どころのタイトルが並んでいますが、もっと無名のタイトルも配信して欲しいですね。名前はそれほど知られてないけれど、遊ぶとハマってしまうようなゲームがきっと沢山あるはずです。
そんなゲームがWiiで遊べるようになると嬉しいですね。今後の配信予定に期待しています。




謎解きアクションの新路線
「怪盗ワリオ・ザ・セブン」(以下「怪盗ワリオ」)がとても面白いです。

メイドインワリオシリーズを除けばワリオが主役のアクションゲームはゲームキューブの「ワリオワールド」以来でしょうか。多彩なアクションによる豪快な展開が売りのワリオシリーズ、私も欠かさずプレイし続けているだけあってワクワクしながら発売を心待ちにしていました。実際、このゲームのタイトルが発表されたのは確か1年ほど前でしたが、その頃から発売を心待ちににしていたという、まさに私にとっての期待作の1つだったのです。

ところが実際に発売されて遊んでみたところ…どうもこの「怪盗ワリオ」は今までのワリオシリーズとは趣向が違うようです。確かに一見するとアクションは豪快そうに見えるかもしれませんが、実際にはそれほど派手なものではありません。荒っぽいタックルで敵を蹴散らしながら進んでいくのが従来のワリオシリーズでしたが、そもそも今作ではザコ敵があまり出現しません。ボス戦は相変わらずインパクトがあるものの、ザコ敵との戦闘に関してはかなりアッサリしています。まるで「このゲームの本筋はアクションではない!!」と言っているかのように、非常にアクション部分が軽めに作られているのです。
ではこのゲームは去年の秋に発売された「星のカービィ 参上!ドロッチェ団」のようなライト層向けのアクションゲームなのでしょうか?…いえいえ、とんでもない!!実に歯ごたえのあるアクション「パズル」ゲームに仕上がっています。持てる能力を駆使して、あっちへこっちへと開ける道を探して走り回るパズルゲーム。それが「怪盗ワリオ」なのです。

様々なギミックが用意された迷路上のステージが舞台です。ステージに用意された仕掛けをワリオの新能力である「変身」で解いていき、最終的には迷宮の最後にいるボスを目指すのが主な展開です。仕掛けは簡単なものから発想の転換を求められるものまで実に様々で、中には複数の変身を駆使しないと解けない仕掛けまで用意されています。
このゲームを遊んでいると、ある別のゲームを遊んでいるような錯覚を感じる事があります。手持ちの技を駆使してダンジョンの仕掛けをクリアする…そう、あの「ゼルダ」の楽しみに近いものがあるんですね。アドバンスの「ワリオランドアドバンス」はそのゲーム性の類似点から「メトロイド」にしばしば例えられましたが、この「怪盗ワリオ」は2D横スクロールアクションの「ゼルダ」と言ってもいいかもしれません。

例えばどうしたらいいか迷った時、どこに行けばいいか迷った時。「ゼルダ」では手持ちのアイテムと相談して突破口を開こうとします。部屋の隅々まで仕掛けを解く手がかりを探して、何か気になるものがあったらアイテムやアクションをいろいろと駆使、この繰り返しでダンジョンを突破していきます。「怪盗ワリオ」も全く同じです。迷宮の部屋から部屋へと「お宝」を求めて歩き回り、困った時はこのゲームの売りである「変身」する事で発動できる特殊能力でクリアしていく…というシステムなんですね。
このギミック、仕掛けを解く過程がとてもよく出来ています。「どうしても解法が分からない!」という状況になっても、ちょっと発想を転換してみるだけでクリアできたりするバランスの良さが気持ちよくて、ついつい先へ先へと遊んでしまいます。変身能力も複数のものを組み合わせる事で強引に進めてしまったり…と驚かされる事もしばしばで、正に「無理を通せば道理が引っ込む」(逆境ナイン)を地でいっているようなゲームとなっているんですね。

どちらかと言えばアクションが難しくて進めない…というよりも、謎解きに頭をひねっている時間の方がはるかに長いこのゲーム。惜しむらくはお宝を見つけるたびに強制的にミニゲームに挑戦しなければならないという、ちょっと理解できない仕様でしょうか。いや、つまらなくはないのですが…なぜ?って感じです。「ドンキーコング64」もそうでしたが、強制的に関連性のないミニゲームを遊ばせるというのはどうも感心できません。せめて「ここぞ!」というところでのみにして欲しかったですね。

現在は第6話、ストーリーは全10話あるそうですから、ちょうど中盤あたりをプレイしている事になりますね。だんだん謎解きが難しくなってきているのを肌で感じながらゲームを進めています。ゼルダ程度のアクションと迷宮型の謎解きが気持ちいい「怪盗ワリオ」。バリバリのアクションかと思って手を出していない方、ちょっといいゲームですのでぜひ手を取ってみてはいかがでしょう。歯応えのある謎解きが楽しめますよ!

但し。謎解きもそうですが、変身の為のタッチアクションはそれなりにハードです。タッチパネルの認識が上手くいかない事があるんですよね…。

休載のつぶやき〜ブログ運営に困る
本日は出張中の為、休載させて戴きます。例によって簡単な記事を。今日は私の頭を悩ませている今後のブログ運営についてです。

ゲームブログから趣味のサブカルブログに路線変更して3ヵ月、最近また今後のブログ運営について考える事が多くなりました。仕事が忙しくなってしまったり、ちょっと勉強してみたい事が出来たり…と、プライベート方面に変化があった事で、今までのようなスタイルで続けられるのか分からなくなったのが元々の発端です。
とは言ってもゲームを辞めてしまう事はあり得ませんし、ブログを辞めるつもりもありません。こうやってゲームやマンガ、アメコミなどの自分の好きなことだけを延々と語れる場所は非常に貴重ですし、そもそも一度は辞めた経緯のあるブログですもの、死守せずにどうしましょう!!チマチマと書き続けていられる事そのものが幸せですし、ブログを通して知り合った方々との線も出来るだけ切りたくはありません。今後もブログは続けていくつもりです。

だからこそ、今後も長く続けていきたいからこそ、今後の運営の仕方を模索しています。仕事が忙しい時や勉強したい時は素直に休載してしまうのがいいのか、それとも短い記事に終始してでも毎日更新した方がいいのか。ブログ運営が私の生活の中で重要なポジションに位置しているだけに、頭を悩ませ続けているのです。
ま、いずれにしろ今月末には結論を出すつもりです。こういう事は期限を決めないとズルズルと引きずってしまいますからね。残り数日ですが思いっきり悩んで決めたいと思います。
ブログも「好きなこと」「やりたいこと」の1つですからね。なかなか優先順位が付けられずにいる私です。

仕事を始めたばかり、まだカメラマン助手をやっていた頃にある先輩カメラマンから言われた言葉を思い出しました。

「手を抜くのではなく、仕事を楽にこなす方法。それを見つける力を身に付けなさい。」

…あぁ、あれから10数年、私は未だにその力を身に付けられずにいます…。


黒いクモ、再び!
今日は最近すっかりご無沙汰となっていたアメコミネタを。最近は「アメコミ」で検索して来て下さる方も増えてきましたので、こちらにも気合を入れなければ!…と1人で張り切っております。

さて、いよいよ今年は映画「スパイダーマン3」が公開されます。映画には真っ黒なコスチュームを着たスパイダーマンが登場するのは以前に記事に書いた通りですが、映画に連動…という事なんでしょうね、原作の方のスパイダーマンも黒いコスチュームに着替える時がとうとう来たようです。
実はこれについては現在でも賛否両論です。「あのクールなブラック・スパイディがまた見られる!」という意見もあれば、「なぜ今さらあの黒いコスチュームを着なければならないのか?」という疑念の声もあります。ちなみに私はといえば、最近まで着ていたアイアンマン特製コスチュームがどうしても好きになれなくて、ついこの前にようやく本来のコスチュームに戻ったのに…また?という感じでしょうか。黒いスパイダーマンが嫌いなわけではありませんが、もう少し時間を置いてからコスチュームチェンジしてもらいたいとは思っています。

さてここで現在、つまり2007年初頭現在のスパイダーマンの状況について軽く説明しておきましょうね。現在タイトルに「スパイダーマン」と表示されている本は4冊刊行されているのですが、そのうち私が購入しているのは「アメイジング・スパイダーマン」と「フレンドリー・ネイバーフッド・スパイダーマン」(長いので以下「親愛なる隣人」と略します)の2冊。その2冊の現状はと言いますと…。
「アメイジング」の方はマーヴルユニバース全体のクロスオーバー、「シビル・ウォー」に直接関係しているストーリーが現在も展開されています(「シビル・ウォー」についてはこちら)。アイアンマンの元を去り、超人登録制度の反対派であるキャプテンアメリカ率いるレジスタンスに加わる事となったスパイダーマン。コスチュームもアイアンマンから貰ったスターク社製のスパイダースーツを脱いで、現在は元の赤青のスパイダースーツに戻っています。この登録制度反対派にはスパイダーマンだけでなく、パニッシャーやX-MENのメインメンバーらも加わり始めて、いよいよ登録制度賛成派への対抗勢力として充分な力を備え始めてきました。
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一方の「親愛なる隣人」の方。こちらも当然「シビル・ウォー」の影響を受けてはいますが、登録制度の賛成・反対の抗争よりもスパイダーマン個人の活躍にスポットが当てられています。コスチュームもオリジナルの赤青スーツに戻ってヒーローらしく悪党と闘う…という、ある意味「シビル・ウォー」前の展開が楽しめるのがこの「親愛なる隣人」のストーリーです。
そんな「親愛なる隣人」ですが、数ヶ月前の号からタイトルの上の部分に「SPIDER-MAN UNMASKED」の文字が載っていましたが、とうとう先月の#15からは表紙の左上に「BACK IN BLACK 02.2007」の文字が載るようになりました。そう!これこそまさに映画と連動してスパイダーマンが黒いコスチュームを着るのが近づいてきた事を示しているのですね!
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この「BACK IN BLACK」は2月に発売される「親愛なる隣人#17」から始まって、「センセーショナル・スパイダーマン#35」、「アメイジング#539」とスパイダーマン3誌で展開されるストーリーで、最終的には新刊である「スパイダーマン・ファミリー#1」で完結するようです。この「親愛なる隣人#17」ではサンドマンが登場する事が分かっていますから、やっぱり映画を意識しているのがよく分かりますね。
さぁ、こうなってくると期待されるのはベノムの登場ですね!先ほども書いた通り、本当は黒いコスチュームを着る事に対してネガティブな感情があるのが正直な気持ちではありますが、映画との連動で原作も面白くなるなら認めざるを得ないでしょう。ぜひ映画ともども原作も盛り上げてもらいたいと思います。


それにしても…黒いコスチュームになってしまうと、「シビル・ウォー」ではさらに悪党っぽく見えてしまいますね。ただでさえ政府の方針に逆らうレジスタンスに組してしまったのに、さらに外見が真っ黒ではダーティーなイメージが余計に強くなってしまうような気もします。
ま、登録制度反対派には究極のダーティーヒーロー、パニッシャーもいますしね。今さら黒いヒーローが一人加わったところで変わらないのかもしれません。

いずれにしろ来月には始まってしまう「BACK IN BLACK」に注目です。これによりピーターの生活はどう変わるのか?そして「シビル・ウォー」への影響は?
また詳しい事が判明したら記事にしようかと思います。


エンディングを疑う私
これは私だけなのかもしれませんが、私はゲームでエンディングを迎えてスタッフロール諸々が終了したとしても、気持ちよくリセットボタンを押したり電源を切る事ができないタチです。たとえ画面が真っ暗になって「エンド」の文字が浮かんでいるだけの状態になっても、少なくとも5分はそのままの状態で待ち続けます。「本当にこれで終わりなのか?」「まだ何かあるんじゃないのか?」そんなドロドロした疑いの気持ちが心の中に湧き出してしまい、リセットボタンに向かって伸びようとする手を止めてしまうのです。
5分ほど待っても新たな展開が見られないと分かると、ようやくコントローラーをいじり始めます。Aボタンを押して何も反応がなければスタートボタン、それぞれを長押ししてみたり、順番に押してみたり…。それでタイトル画面に戻ってくれればそれで良し、そうでなければそれから数分は足掻き続けてしまうのです。

とても苦労して到達したエンディングでもその例から外れる事はありません。もちろんそれまでの苦労が報われる瞬間なのですから感動しているのは間違いないのですが、その一方で心の片隅にちょっとした疑念の気持ちがあったりするのです。それはたとえば「自分が見ているこのエンディングは本当のエンディングなんだろうか?」「ひょっとしたら今のものとは違う、別のエンディングが用意されていたのではないだろうか?」なんて具合ですね。
そう考え始めると止まらなくなります。「あれをやっておけばエンディングが変わったかも…」とか「そういえばあれを倒してなかったな…」なんて感じに、ゲーム中にやり残した事が幾つも思い出されてきます。思い出してしまったら最後、エンディングが終わってタイトル画面に戻るやいなや、セーブデータを呼び出して再びまた冒険の世界へ。今度は万全の状態を作り上げてから、またラスボスに挑みエンディングを見ようとするのです。

90年代のアーケードゲームなどでよく見られるのですが、たとえばコンティニューせずにラスボスを倒すとエンディングが変わったりするんですね。大抵は上手いプレイヤーを称えるようなご褒美メッセージが表示されたり、後日談が語られたり…と、たわいもないながらもプレイヤーにとっては嬉しい内容となっていまして、この上級エンディングを自力で見れるかどうかでプレイヤーの力量がわかったものでした。
そんなアーケードゲームが家庭用ハードに移植されると上級エンディングはさらに進化しまして、例えば隠しキャラが使えるようになったり、新たなモードが出現したり…と、ここまで頑張ったプレイヤーにさらなる挑戦状を叩きつけたりするような新たな展開が待っているケースが多いですね。もちろんこれはソフトの寿命を延ばす意味も込められているのでしょう。言ってみれば上手なプレイヤーに対するメーカーからの無言のメッセージですね。「もっと遊んで下さい!!ほら、こんなモードも用意しましたよ!!」…という感じでしょうか。

思うにそんなアーケードゲームをたくさん遊び回ったからでしょうか。どうもエンディングに疑いを持ってみてしまうのです。もしこれがもっと上手くプレイしていたら違うエンディングが見られたのではないだろうか、実は気付かないところで選択肢があって自分は本当のエンディングとは別のルートに辿り着いてしまったのではないだろうか。そんな気持ちでエンディングを見てしまうんですね。
また家庭用のゲームでもエンディングに「オマケ要素」とも言える、ちょっと嬉しい展開が含まれるのはファミコン時代からありました。そういうゲームを遊びすぎたせいか、どうも気持ちよくゲームを終了させられない体質になってしまったようです。


エンディングが「最終到達点」ではなく「中間通過点」なってしまったゲームが増えてしまったからなのかもしれませんし、ファミコンやアーケード時代に培われた「オマケへの期待」がそうさせているのかもしれません。
遊び直したところでエンディングに変化がない場合の方がほとんどなのに、それでも遊び直してしまう悪いクセ。治したいなぁ…といつも思うのですが、なかなか素直にエンディングを見られなくなってしまった自分を嘆く冬の夜でした。


「黄昏の姫君」が終りました!
昨日の記事で「あと数時間で…」なんて事を言っていましたけど、あの記事を書いた後にやり込んだおかげでようやくWiiのゼルダが終りました!プレイ時間にして39時間、ハートのかけらの取りこぼしは多数で、ミニゲームのクリア率は半分くらい…といったところでしょうか。
やっぱり少しずつでも毎日遊ぶと違いますね〜。先週は「忙しくて記事を書くヒマなんてありません!」とブログ上では泣き言を言っていましたが、実はそれでもゼルダだけはしっかりと遊んでいたのです。これはつまり、毎日に日課としているブログよりもゼルダを遊ぶ方が優先順位が高かったという事ですね。
それほどどんなに忙しかろうが遊ばずにはいられなかった、そして久しぶりに「眠い目をこすってでも遊びたいゲーム」だったゼルダの新作「トワイライトプリンセス」。今日の記事はこの新作ゼルダのレビューを…とも思ったのですが、ゲームの性質上ネタバレは絶対に防がなければいけません。ですので、あくまで内容に踏み込まない感想程度に留めておこうと思います。

操作系についてですが、これはよくネット上でも言われている事ではありますが、やっぱり元々がゲームキューブ向けに開発していただけあって、Wii版では「無理にこんな仕様にしなくてもいいのでは?」と思った部分が幾つかありましたね。例えばこのWii版では「剣を振る」という動作がリモコンを直接振る事で作動するようになっているのですが、別にボタンでも良かったのではないかとも思うのです。剣を振る動作をリモコンでプレイヤー自らが行う事で確かに一体感は出るのですが、コンフィグで操作変更が出来てもよかったかもしれません。
ただ慣れてしまうとこの一体感はスゴいものがあるのは事実、特に後半で登場する剣士タイプのモンスターとの一騎打ちはぜひ誰もが経験する価値があると思います。剣の技を駆使した闘いを体験するには、少なくともWiiではボタンであってはいけなかったのでしょう。そういう意味でWii版では剣をボタンに変更可能にしなかったのかもしれませんね。そう考えれば仕方がないのかもしれません。
(ちなみに弓矢に関してはリモコンとの相性が素晴らしく良く出来ていて感動してしまいました!)

ストーリーは確かにストーリーや演出に関しては64の「時のオカリナ」には負けてしまうものがあるかもしれません。まぁ、未だに「オカリナ」のエンディングを見て感動の鳥肌が立ってしまうような私にとって、なかなかこれを越えるのは難しいのかもしれませんけどね。
では「つまらなかったのか?」と訊かれれば、「とんでもない!とても面白かった!」と答えてしまうでしょうね。過去と未来の2つの世界を行き来する「オカリナ」のような壮大さはありませんが、今作には圧縮された濃い世界が待っています。ゲーム全体に漂う暗さと静寂さがソフトフォーカスをかけたグラフィックと相まって、非常にいい雰囲気を出していると思いました。
また64の「ムジュラ」あたりで培われた…なんと表現すればいいのでしょう、「土着民的な陰湿さ」、「土臭い気持ち悪さ」というのも今作では健在で、人間が生理的に嫌がる暗闇の持つ静かな怖さを見事に出していましたね。特に印象的なのは、その例えようのない音楽と共に暗闇から真っ黒な虫がワラワラと湧いて出てくるような演出。気持ち悪いを通り越して冷たい無機質な怖さを感じてしまいました…音楽がイヤすぎるんですよねぇ…。
「怖い」というより「気持ち悪い」、「気持ち悪い」というより「気色悪い」…そんな世界です。なかなかこういう雰囲気のゲームというのはないだけに、タップリと堪能してしまいました。

その暗い雰囲気が実に特徴的な今作ですが、このゲームの最大の魅力である「謎解き」に関しては実にオーソドックスでしたね。まるで今までのゼルダ作品をおさらいしているかのような謎解きが続きます。もう少し斬新な謎解きがあればなぁ…なんて事も思いましたが、このあたりは次回作に期待です。まぁ「変わらないからいい」という意見もあるのでしょうが…。
ただアイテムに関しては実に面白い新アイテムがいくつか登場しましたね。特に通称「コマ」や後半のダブル◎◎あたりは使っているだけでも未知の可能性を感じるアイテムの1つで、これらは使い方次第でもっと面白い展開やギミックが作れそうです。ゲームボーイ版も含めて最近はアイテムもマンネリ化してきていましたから、こういう新しいアイテムは大歓迎ですね。使っているだけで楽しいアイテムがこれからもどんどん増えていってもらいたいものです。

冒頭でも書きましたが、クリアした時点でハートのかけらの取りこぼしは多数ありますし、まだクリアしていないミニゲームも多数あります。さらに言えばこのゲームではゲーム進行の途中で習得できる「奥義」と呼ばれる剣技があるのですが、全部で7種類あるはずなのにクリアした時点で4つまでしか習得しませんでした。
そう考えると今の状態では「とりあえずクリア」というレベルなんでしょうね。まだまだ遊び込む要素のあるゼルダ、少なくともあと数日くらいは毎日遊ぶ日々が続きそうです。(もう心は既に次に遊ぶ「カドゥケウスZ」に飛んでいますが…)


うぅ…本当はストーリーについて書きたいのに…!!


記事01/15〜01/20のまとめ
日曜日恒例、一週間の記事のフォローです。

01/15「「続編」を掲げてはいけないゲーム」
とても厳しい内容だった「戦国キャノン」。とても好きなシリーズなだけに裏切られた感が強く、思わず強い文調で書いてしまいました。それだけ私にとって今作の路線変更はかなりの痛手だったのです。それでもクリアしてしまったのはやはりシリーズファンの宿命なんでしょうか。結局は遊び込んでしまった形となってしまいました。
記事にはあまり書きませんでしたが、ストーリーや世界観構築もかなり甘く作られていて悲しかったです。声のキャスティングがイマイチだったり、続編にする意味のないストーリーだったり…。あ、そういえばシリーズお馴染みのキャラクター「破戒僧」天外が隠しキャラ扱いなのも不満でしたね。そういうストーリー構成だから仕方がないのかもしれませんけど…。

01/16「続編の抱えるプレッシャー」
前日の記事を引き継いだ形の内容です。記事の中に出てくる「スターソルジャー」のリメイクですが、これはゲームキューブで発売された同タイトルのリメイク版の事ですね。あの伝説のキャラバンモードも搭載しているなど、密かにお気に入りの作品だったりします。
さて。本当のところを言ってしまえば、前作と全く違ったストーリーやキャラクター、システムになっても構わないんです。ただ続編を名乗るならば前作への愛情だけは忘れないで欲しいですね。全く違う世界観でも「あぁ、これは前作のDNAを間違いなく引き継いでいる…」と思わせてくれさえすれば、それは立派な続編だと思います。逆にそうでないのなら新作として扱う事も視野に入れるべきだと思うのです。
2日間に渡って「戦国キャノン」を叩いてしまいましたが、要するに…「キャラクター人気に頼るなよ!」と言いたかったのでした。

01/18「優しい気分になりたい時に」
作者のオノ・ナツメさんは元々はボーイズラブ系同人誌の出身です。この方の別の作品を読むと確かにそれを匂わせるものは感じますが…ま、それはそれですね。そういうジャンルや作品を否定するつもりはありませんし、それがこの作品の評価を落とす要素にはなりません。マンガというものは面白くて絵が自分にマッチしているのであればそれでいいのです。
それにしてもこの作品はいいよなぁ…と、記事を書いて改めて思いましたね。静かにコーヒーでも飲みながら読むといい感じです。作品全体に流れる、ゆったりとした時間を一緒に楽しむ事が出来ます。

01/17「休載のゲーム日記」
01/19「休載のゲーム日記」
一日置いての記事休載、本当に申し訳ありませんでした。本当は全く記事を載せない、文字通りの「休載」というのも考えたのですが、あまりにそれでは味気が無かろうという事で何とか一言だけ書いた次第です。
以前のブログも含めて、これだけ書くのが辛かった時期も珍しいですね。今後もこういう事があるかと思いますが、チラリとでも見て頂ければ嬉しいです。「な、なんとか一行だけでも!」と眠い目をこすりつつ書いた甲斐があるというものです。

01/20「ゲーム日記:DSの事だけ」
最初に書いた「2Dアクションがコンスタントに発売される…」なんて記事は、もともとこれ1本でちゃんとした記事を書くつもりだったんですけど。気持ち的に追いつめられてショート記事で放出してしまいました。勿体ないなぁ…。
「怪盗ワリオ」の面白さがだんだん分かってきました。ただ今までの「ワリオ」シリーズにあったハチャメチャさはトーンダウンしていますね。「緻密な」…とまでは言いませんが、ある程度は正確なタッチペンさばきも要求されます。内容は全く違いますが「パックピクス」を遊んでいた時を思い出してしまいました。


近況報告
・いや、本当に先週は申し訳ありませんでした!正直な話、朝から晩まで働くと大好きなゲームの記事すら書く気が起きませんでしたね。むぅ…先週の日曜日にはここまでの多忙さは想像もしてませんでした。先ほども書きましたが、今後もこういう事があるかもしれませんが宜しくお願いします。

・そうこう言いながらもWiiのゼルダは佳境です。あと数時間…で終る…終りたい…終りますように!

それでは来週も宜しくお願いします!
ゲーム日記:DSの事だけ(1/20)
なんとかショート記事を何本か書く事が出来たので…今日はこれだけです。
本当に今週は忙しくてこんな記事ばかりになってしまっている事をお詫びします。


・これはあくまで私に限っての事かもしれませんが、DS以降の任天堂の素晴らしいところの1つに「コンスタントに2Dジャンプアクションを出してくれる」というものがあります。先日「怪盗ワリオ」を発売したばかりですが、今度は3月に「ヨッシーアイランドDS」の発売を決めてくれました。こちらは海外では既に売られている作品ですが、これでようやく日本でも遊べる運びとなったわけです。
DSはゲームを一旦卒業した人を回帰させる役割を担っている…なんて事をよく言われますが、こうやって2Dアクションをよく出しているというのは、やはりこのジャンルがゲーム初心者にも理解しやすいという事なんでしょうか。そう考えると「Newスーパーマリオ」が400万本を売り上げるヒット作になったのも納得しやすいのですが…。
ま、ルールが分かり易いってのはあるでしょうけどね。いずれにせよこのジャンルのファンには嬉しい傾向が続いています。サードパーティーも頑張って欲しいなぁ…。

・そんなライト層をまるで無視してコア層を狙い撃ちしに来た高難易度のダンジョン探索ゲーム「世界樹の迷宮」がとても売れているそうですね!サードパーティーのDSオリジナルRPGが品薄状態になるとは本当に素晴らしい事です。これが30万本あたりまで行ったら、コア層向けDS市場も少し活気が出てくるのではないでしょうか。
このゲーム、広告展開もお金を使ってきたようですが、それ以上にブログなどのネット経由での評判が良かったらしいと各情報サイトは分析しています。確かにそうかもしれませんね。私もいつも拝見させて戴いているブログで紹介されているのを見て興味を持ちましたし…。
販売元のアトラスは「カドゥケウス」も良かったですし、最近になってグングンと株を上げています。なんか意外なメーカーが昇ってきたなぁ…という印象ですが、いい作品を作ればそれだけちゃんと評価されるという事なんでしょうね。

・広告展開といえば。私には気になるくせに未だ遊んでいないゲームとして「おさわり探偵 小沢里奈」ってのがあるのですが、また公式ホームページのトップページが更新されていました。それもほんのちょっとだけです。
「だれ?」って…。えぇ〜い!気になるではないか!!もういっそ買ってしまおうか!?…なんて。未プレイの人間にまでこう思わせたなら広告戦略としては大成功ですよね。上手いなぁ、サクセス。

・そういえば、昨日の記事で書いた「ドラクエモンスターズ」。さっそく「怪盗ワリオ」のおかげで放置に入っています…って、違う!「放置」じゃなくて「控え入り」です。メインで遊ぶのが「ワリオ」、電車の中などタッチペンを使うのが困難な状況の時にはしっかり「モンスターズ」を遊んでいます。
「怪盗ワリオ」はまだ序盤ではありますが、まだ面白さが掴めていない状況です。もう少し進まないとダメかなぁ…。「ドラクエモンスターズ」はあと少しでとりあえずエンディングは見られそうです。頑張れば進むものですね〜!

・今週の半ばに月例で行われている任天堂の流通向け説明会があったそうで、いろいろな期待作の発売日が一気に明らかになりましたね。冒頭で書いた「ヨッシーアイランドDS」もその1つなんですが、その他にも「逆転4」などの人気作の発売日も決まったようです。
結構、この3月はいろいろと面白そうなゲームが出るんですねぇ…。年度末である3月に新作が集中するのはゲーム業界の通例ではありますが、今年の3月は「DS祭り」と言っても過言ではないほどに新作が目白押しとなっています。
こういうのを見ると改めて現在のDSのポジションが判りますね。まさか最もポピュラーなゲーム機がDSになるなんて3年前には夢にも思いませんでした。栄光と不遇の時代を知っている任天堂ファンとしては現在のフィーバーがどうも現実のように思えなくて…。こういう幸せに馴れていないんでしょうね。


それでは今日はこのあたりで。明日は一週間のまとめです。
(と言っても今週はまとめるほどの記事が無かったような…。)




休載のゲーム日記(1/19)
今日は本当に記事を書く時間がないので休載します。
それだけでは味気ないので、ちょっとだけ。

23時過ぎに帰宅して翌日は朝の5時半に家を出なければいけない…という、家に帰って寝るだけの生活が続いております。ゲーマーにとって、この「仕事しかしていない」という生活はかなり堪えます。毎日1時間は据え置き機を触る…なんてノンキな事も言ってられない状態です。
それでも電車の中ではDSで「ドラクエモンスターズ」を遊んでいます。なんだかんだ言いつつも結構楽しんでいるつもりです。

でも心の叫びは「アクションが遊びたいんだよぉ!」…だったりして。

「怪盗ワリオ」が発売されてしまいました。「モンスターズ」が放置されそうです。
来週には「ピクロスDS」が出ます。「モンスターズ」が放置されそうです。
「流星のロックマン」が特価で売っていました。「モンスターズ」が放置されそうです。

それでも「モンスターズ」は頑張ります。もう少しで終りそうですので…そう、配合地獄も終わりが近い!頑張らなくちゃ!


というわけで、また明日です。明日も満足に記事を書けるかどうか…?



優しい気分になりたい時に
カフェを経営するマッシモ。洒落者のチェレ。トラック運転手のアルに街頭で楽器を弾くルーカ。
今日ご紹介するのはオノ・ナツメさんのマンガ、「ラ・クインタ・カーメラ〜5番目の部屋」です。
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イタリアを舞台に中年男4人が同居するアパートで小さなドラマが展開されます。「4人」…と書きましたが、実はタイトルに「5番目の部屋」とある通り、この4人の男たちに加えてもう1人の同居人が毎回登場します。それは留学生だったり、たまたま「同居人募集」の広告を見た行きずりの男だったり。この5番目の部屋に住んでいるのは決まった顔ではなくエピソードごとに変わるのです。
そんな4人と1人を中心に描かれる様々な日常の物語。恋の話もあれば失恋の話もあります。中には思い出したくない過去の話だって出てきます。それでも全てのエピソードに共通しているのは4人の友情とお互いへの思いやり。深く干渉せず、さりとて突き放す事はなく。そんな微妙な距離感が読んでいて心地良く、また読み終わった後にやわらかな暖かさを心に残してくれるのです。

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ご覧の通り、かなりシンプルな絵です。しかしまさにこの絵が持ち味で、この絵だからこそストーリーやキャラクターに深みを与える事に成功していると言ってもいいでしょう。もちろん描き込んだ絵で展開される重厚なストーリーというのも素晴らしいのですが、描き込んだ絵というのはそれだけ読者に視覚的情報を与えているという事、つまり読者自身の想像力を働かせる場所がそれだけ失われているという事です。スヌーピーでお馴染みの「ピーナッツ」の作者であるシュルツ氏の絵もそうなんですが、シンプルな線で描かれた表情や背景というのは実に微妙な味わいを出してくれます。その少ない線から感情を深読みする、そんな楽しみ方を読者自身も気付かぬうちにしている…かつてのマンガでは当たり前でしたが、全体的な作画技術の向上から今では珍しくなったそんなマンガの楽しみ方がここにあります。私はそれだけでもこのマンガには充分な価値があると思うのです。

もちろん収録されているストーリーの面白さも折り紙付きです。断ち切れない過去も、不安な未来も、そして厳しい現実も。辛い内容を暖かい視点で綴り続け、読み終わった後には「あぁ、いいねぇ…」とつぶやいてしまいます。強い自己主張はないはずなのに、物語もキャラクターも染み入るように確実に心の中に残っている。イタリアを舞台にしているにもかかわらず日本の侘び寂びを感じさせる…そんなマンガとなっているのが実に面白いですね。

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心地いい空間が消えようとする時に、その終わりを笑って受け入れる事が出来るのか。
その答えと方法を示唆してくれるラストでは、寂しさより希望を感じさせる素晴らしいものとなっていました。「癒し」なんて言葉では説明できないほどの優しい安堵感がここにあります。

なんか嬉しくなってこんな記事を書いてしまいました。



休載のゲーム日記(1/17)
今日は休載させて戴きます。今週はまた出張があったりと、ちょっと忙しそうです。
軽めにここ数日のゲーム日記を…。

腰を据えて遊ぶ事にしたDSの「ドラクエモンスター」、未だにどこまで遊んだら終わりにしようか迷っています。もちろん作りたいモンスターなどはいるのですが、とにかく後半のモンスター配合の複雑さといったらスゴすぎますね!目的となる1つのモンスターを作るのに、素材となるモンスターが40匹ほど必要になったりします。捕獲、配合、育成…これを延々と繰り返すシステムに少々疲れ気味の毎日を送っているのです。
もちろんこういうシステムは「女神転生」シリーズで慣れっこのはずなのですが、あちらは産まれてきたモンスター(悪魔)を育てる必要がないので楽でした。こちらはまたレベル1から育てないといけないのが手間なんですね。普通に経験値をガンガン稼げるのならいいのですが、今作ではドラクエシリーズではお馴染みの経験値稼ぎの友「メタル系狩り場」がなんと時間制限付きでしか入れない場所となっていたりするので、思うように経験値が稼げないのも辛いところ。なんとかヒーヒー言いながら経験値を稼ぎ回っています。

一方の据え置き機。Wiiの「ゼルダ」もようやく終盤に突入しました!早ければ今週の終わり…いや、来週の頭くらいには終りそうです。いやぁ、毎日少しづつでも遊ぶと違いますね!今年に入ってからペースがゆっくりと上がって、とうとうここまで辿り着いたかと思うと感慨深いです。
…おっと。でも、まだ感慨に浸るのは早過ぎますね。まだまだこれから最終局面のドラマ展開が始まるところ、少なくともあと10時間くらいは遊べると思います。本当はこのゲームが本当に楽しくて終りたくない気持ちもあるのですが、私の横の棚では「カドゥケウス」と「ガンダム・スカッドハンマー」が「早く遊んで〜!!」と叫んでいます。彼らの声を無視しないためにも、また早く「エレビッツ」などを遊ぶ為にも、「ゼルダ」を終らせたいところです。

あ、あとPS2の「ドラクエ8」もやらなくちゃ…。「旧作も積極的にプレイ」が今年の目標の1つでもありましたね。公約クリアを目指して頑張っております。


では今日はこのへんで。ここ数日の記事はこんなものが続くかもしれません…。

続編の抱えるプレッシャー
かつてハドソンでファミコンの「スターソルジャー」のリメイクをしようと、あの高橋名人が陣頭に立って制作に取りかかった時にあった有名な話。とりあえず若手のクリエイターにザッと作らせてみたところ、出来上がってきたのが流行の弾幕避け系のゲームだったそうです。あまりにも前作と違う内容に渋い顔をしたところ、その若手クリエイターは「でも今の流行はこういうゲームなんですよ…」と言ったらしいんですね。それを聴いた高橋名人が「でもファンが求めているスターソルジャーはこんなのじゃないから」と一喝、結局はまた作り直す事になったそうです。

確かに古いゲームをそのままリメイクしても、その時代にそぐわない可能性があるのは否定できません。システムを刷新する事で新たなファン層を掴める事ももちろんあるかと思います。ですからこの若いクリエイターがやろうとした事も理解できるのです。ファミコンのリメイク作品とはいえ、おそらく懐かしさで手に取るプレイヤーばかりじゃないでしょう。いや、むしろオリジナルを知らないプレイヤーの方が多いかもしれない。ならば今風のシューティングの要素も入れて懐の深さをアピールした方がいい。それでこそ今、リメイクする意味がある…そんな気持ちがあったのかもしれません。
でもこれは違いますね。そもそもリメイクのコンセプトが、この「スターソルジャー」の場合では「あの撃ちまくりの快感を最新ハードで再現」というものでしたから、今回の場合もそのコンセプトから外れてはいけなかったのです。ですからこの「スターソルジャー」のリメイクは弾幕をかいくぐるゲームではなく、バリバリと撃ちまくれるゲームでなければゲームのアイデンティティーが失われてしまうという事ですね。

要はコンセプトに何を掲げるかだと思うのです。それは例えば「新たなファンを獲得する」なのか、それとも「かつて熱く遊んでくれたプレイヤーに新たな挑戦状を叩きつける」なのか…などですね。もし、かつてのファンを意識して引き続き遊ばせようとするのならば、どうしても新しいシステムなどは導入しにくいはずです。心変わりしやすいファンは印象が変わってしまうとすぐに離れてしまいますからね。一度「これは別モノ」という印象を抱いてしまうと、なかなか戻ってこないのがファンというものです。
ですからシリーズもので、かつ路線を変えていくのにはリスクが付きまといます。よっぽど作品のブランドが強い、たとえば「ファイナルファンタジー」のようなブランドならば路線を変更してもファンは受け入れますが、なかなかそうまで求心力のあるタイトルは少ないのが現実です。(ま、あれは最初からシステムを変え続けて現在に至っていますし…)

ゲーム雑誌を見ていると「システムはもちろん、世界観や登場人物も一新した新たな続編の登場!」なんてコピーを堂々と掲げている続編ゲームなどを目にする事があります。かつて売れた作品のタイトル名を借りてリリースする事で前作のファンも呼び込もうというわけですね。ただ、そういうゲームは「じゃあ新作として売れば?」というツッコミを入れられても仕方がないと思うのです。システムも世界観も違う、さらに言えば前作と全く共通点のない作品であれば、敢えてシリーズものにする意味はないはずですからね。「前作を知っていればニヤリと笑える」程度の要素だけならば新作で出せばいいと思うのです。
ただどうしても新作は売り上げが伸びにくいのが現状。だからこそシリーズものとして売り出すのでしょう。もちろんその中には受け入れられたソフトも多いとは思いますが、その影で「前の作品と全然違うぞ!」という声があるのを忘れないでもらいたいのです。前作の面白さを期待して買うユーザーも必ずいる事を忘れず、そしてその期待を裏切らないで欲しいのです。

なぜ面白いのか、なぜ支持されるのか。仮にも続編を名乗るのならば、このあたりを解析して理解した上で新作に反映させて欲しいと思います。もしそれを踏まえた上で全ての面において変更をするのならば上等です。それはきっとリスクを伴う事が判っていても、新境地を開こうという心意気が込められているに違いありませんからね。
しかしそのリスク、決して甘く見ないようにしてもらいたいです。昨日の記事で取り上げた「戦国キャノン」のように、新境地を開こうとして練り込みに失敗した時のリスク。これは想像以上にファンをがっかりさせるものになってしまうのですから!


続編には前作のファンからのの期待がプレッシャーとなって重くのしかかります。それを振り払えるか、受け止めるか。そのどちらかが出来た時に、初めてその作品は周りから「続編」として正当に評価されるのでしょうね。
プレッシャーに負けて押しつぶされる事のないよう、繊細な作り込みをお願いしたいところです。


テーマ:日記・雑記 - ジャンル:ゲーム

「続編」を掲げてはいけないゲーム
PSPで出ている「戦国キャノン」というゲームをクリアしました。ジャンルとしては横スクロールのシューティングゲームでして、当たり判定の小さい自機が画面いっぱいに広がる弾幕を避けつつ撃ちまくる…という、ここ数年のシューティングゲームを代表するような「弾幕避け系」となっています。
アーケードゲームで登場した「戦国エース」、「戦国ブレード」に続くシリーズ3作目となるこの作品、シリーズ通してクリアしてきた私にとっては「待望の」と言ってもいいくらいの新作でした。もともと私は彩京ブランドのシューティングが大好きで「ガンバード」はもちろん、今でも稀にゲームセンターに置いてある「ストライカーズ1945」シリーズなどは何度クリアしたか判らないくらいに遊んでいます。そんな私としてはメーカーである彩京が倒産した今になって新作が遊べるというのは夢のような話で、トイザラスで投げ売りされていたとはいえ、本当にワクワクして遊んでみました。

で、全6キャラでクリアするまで遊んでみた感想なんですが…結論から言ってしまえば「これは戦国シリーズではない」という事でしょうか。もとの発売元である彩京が倒産してしまったのですから仕方がないのかもしれないのですが、それでもやっぱりシリーズのファンには厳しい内容で、正直なところを言わせてもらえば戦国シリーズを名乗って欲しくないほど路線の違いを感じてしまったのです。
もう悪い部分を挙げるときりがありません。高速で流れるCG背景の鬱陶しさ、単調な音楽、淡々と進行するゲーム展開…これにPSPの劣悪な操作性がこのゲームをさらに酷いものに仕上げていきます。ステージ間のロード時間が長いのも気になりますが、なぜその長い時間を一枚絵のロード画面を見続けなければならないのでしょう。戦国シリーズならばステージの間に物語が展開を感じさせる演出の1つでも入れられなかったのでしょうか。
なにより「戦国シリーズ」だけに限らない、彩京ブランドのシューティングに共通する面白さがこのゲームには欠けていました。形態変化を繰り返すボス、「彩京弾」とも呼ばれる超スピード弾、パターン化された弾幕の見切り…それらが全て失われています。彩京シューティングの醍醐味ともいえるプレイヤー独自のパターン作りがスピードの遅いランダム弾の存在で困難なものになっているのです。

もちろんシューティングゲーム単体で見れば、良い部分もなくはないのでしょう。コンシューマーならではではありますが、どこでもコンティニュー可能となっているのは先が見たいプレイヤーには優しい仕様だと言えますし、一度遊んだステージなら「練習モード」でいつでも練習できるようになるのも嬉しいところです。実際、このモードがなければ私もノーコンティニュークリアは難しかったかもしれません。
世界観などは一応シリーズを名乗るだけあって上手に引き継いではいますが、個人的に残念だったのは「人間しかマイキャラとして登場しない」というのがありますね。「エース」の犬王丸や「ブレード」のハガネのような非人間のキャラも登場して欲しかったです。このあたりも「戦国シリーズ」への愛が感じられない部分と言ってもいいかもしれません。

たとえこのゲームを作ったのがシリーズの制作に関わった人ではなくても、シリーズ物として売るなら前作へのリスペクトの気持ちを失わないで欲しかったです。確かに現在のシューティングの流行に乗った形に作り上げていますが、果たしてシリーズのファンはそれを求めていたのでしょうか?シリーズならではの面白さ、そのキモの部分は解析しなかったのでしょうか?イラストやキャラクターを引き継げばシリーズものとして成立するとでも思ったのでしょうか?
続編作りが難しい事はよく判ります。特に前作に固定ファンがついているものであるならば、そのファンを裏切れないというプレッシャーは大きかったでしょう。ましてメーカーもスタッフも変わっているなら、そのプレッシャーは相当なものだと思うのです。
それを考えても、今回の作品はかなり辛い出来でした。「これで大好きなシリーズがまた1つ消えてしまった」と思わざるを得ない、非常に残念な内容にしか思えなかったのです。少なくともタイトル画面に堂々と「戦国エース:エピソード3」なんて書いてはいけない、いっそ「新:戦国エース」とでも書いてくれた方がまだファンとしては割り切れたと思うんですね。

つくづく残念なゲーム「戦国キャノン」。ただ、このゲームを遊んで続編作りの難しさを垣間みる事が出来ました。明日の記事ではその点について、ちょっと思い出した事を書こうと思います。



しかし「暴れん坊巫女」こよりの声ですが、なんというか…もう少し何とかならなかったんですかね?イラストを見たイメージでは大人っぽい低い女性の声を想像していたんですけど…妙に明るい声になっていて驚いてしまいました。せっかく艶っぽいキャラになったのになぁ…。
記事01/08〜01/13のまとめ
日曜日恒例、一週間の記事のフォローです。

01/08「毎日据え置き機を遊んでみて」
今週は出張があったので触れない日もあったのですが、今年に入ってからは基本的に毎日必ず据え置き機のゲームを遊んでいます。で、遊んでいてつくづく思うのは「やっぱりいいなぁ」というコト。ゆったりと座って据え置き機のゲームを遊ぶ、もうその雰囲気がたまらなく好きです。「ゲームしてるぜっ!」って感じが心地いいのです。
この調子がどこまで続くかは判りませんが、出来る限りは続けていきたいですね。据え置き機のゲームで遊び逃したものもこれからはしっかりと遊んでいきたいです。ただ携帯機で遊んでいるゲームのペースが確実に落ちてはいますが…。

01/09「ドラクエの厚いファン層」
パラパラと週刊新潮を読んでいて、「お?」と思って記事にしてしまいました。もちろんドラクエファンの著名人なんて掃いて捨てるほどいるのは承知していますが、それでもこうやって一般の週刊誌でゲームへの愛を切々と書かれてしまうと嬉しくなってしまうのがゲーマーである証なのでしょうか。
こうやって大衆に心待ちにされる娯楽って、そんなに多くはないと思うのです。だからこそ貴重、ドラクエの持つ力に驚かされてしまいます。DS版の「9」が果たしてどうなるか、今後の情報とそれに対する周囲の反応が楽しみですね。

01/10「子供の危険から守るために」
仕方がないんですけどね。ゲームという娯楽を教えてしまったのが他でもない父親の私なんですから。セーブデータの大切さというのもしっかりと教えておかなければいけないのに、それを怠ったという点で自分の過失であるという事は否定できないわけです。
私の女房が大切に育て続けてきたPS2の「モンスターハンター」のデータも上書きセーブされて消えてしまいました。1作目、2作目…と大切に育ててきたのに…。本当は割り切らなければいけないのですが、なかなかそうも言えないのが悟りきれていない未熟者の私です。

01/11「遊びたい気分になれない?」
この記事を書いていた時は本当に悩んでいて、一時期は「久しぶりに挫折ソフトの登場か!?」なんて危惧した事もありました。でも結局「今年はドラクエイヤーなんだし」という割り切りもあって、遊び続ける事にしました。本腰を入れて遊べばやっぱり面白いんですけどね〜。
その「ドラクエモンスターズ」、さすがポケモンを意識して作り上げたシリーズだけあって、4作目にしてとうとうイベント配信のみのモンスターの存在が明らかになりましたね。つまりポケモンでいうところのミュウやデオキシスなどの幻モンスターがこのゲームにも存在する…という事です。ゲームのプレイスタイルで「収拾ものコンプリートマニア」の属性を持つ私としては外せない…のか?

01/12「ピクロスが帰ってきた!」
いや、本当に嬉しいピクロスの帰還。アドバンスで出なかった事が不満だっただけにDS版は楽しみにしています。
ただパッケージが任天堂にしては妙に淡白な気がしますが…売れるんでしょうかね?マリオやポケモンなどのキャラクターに頼らない姿勢は評価できますが、パズルの絵柄としては任天堂キャラクターがぜひとも出てきてもらいたいと思っています。フツーの絵ばっかりだとつまらないなぁ…なんて。

01/13「明るい彼女に会いたくて」
そもそも読みたくなったキッカケが「編集王」の文庫版を読んで「ありゃま!」と思った事だったりします。一番の見せ場が白紙になっているという状況については作家さんサイドでも反論があるかと思いますが、こういう形でしか現状で対処のとりようがないという事も判ってもらいたいですね。
それにしても「キャンディ」、今になって読みたくなるとは思わなかったなぁ…。従軍看護婦になるあたりとかは本当に凄まじい展開が続いて、少女マンガのレベルの高さを伺いしれます。もちろん少年マンガの単純かつ熱い展開も大好きですけどね!


近況報告
・今週に入ってクリアしたソフト…というかアプリ。「お絵描きロジック100問詰め合わせ」という携帯向けアプリのパート1を全問クリアしました。最後の方はかなり難しくて楽しかったです。これだけ入って500円ならお得かなぁ…。終ってしまったのが寂しくて、さっそくパート2をダウンロードしてしまいました。

・もう1つ、今週クリアしたソフトがPSPのシューティング「戦国キャノン」。全6キャラのうち5キャラでクリアしました。もちろんコンティニューありですけどね。ヌルくなったなぁ…私も。このゲームに関しては明日あたりにレビュー…というほどのものではありませんが、少し思った事を記事にしようと思います。今から予告してしまいますが、かなりキツい事を書くつもりです…。

・先週の日曜日の記事に「今週はどこかで休載するかも…」なんて書きましたが、無事に全ての日で記事を掲載する事が出来ました。ただそのしわ寄せが体を…どうも少々疲れ気味のようです。お正月が明けて、まだ体が本調子じゃないのかもしれませんね。


それでは来週も宜しくお願いします!
明るい彼女に会いたくて
今週はマンガのネタが無かったので少しだけマンガの話を。

読めないと分かると無性に読みたくなるものです。
この年末あたりくらいからでしょうか、往年の名作マンガ「キャンディ・キャンディ」が読みたくて仕方がなくなってしまいました。あの激動の大河ロマンストーリーに浸りたい、主人公の明るさと強さにもう一度触れてみたい…と、文字通り思い出したかのように読みたくなってしまったのです。
しかしこれは叶わぬ夢、今となっては読むことの出来ない作品になっています。それは原作者さんと絵描きさんが「キャンディはどちらのものか」で争う、有名な「キャンディ裁判」が起きてしまったから。最高裁までもつれた結果、判決は原作者さんの勝訴になりましたが、両方の主張は判決が下りた今でも変わる事はありません。そんな状態ですから出版社の方も迂闊に販売する事が出来ず、今の状態、つまり絶版状態になっているのです。

この裁判の結果について「どちらが正しいか」をここで語るつもりはありませんが、読めなくなってしまったという事実はやっぱり悲しいものがありますね。特にそのマンガが「名作中の名作」と呼ばれている作品なだけに、この読めない現状に対する憤りは増すばかりです。
マンガにしてもゲームにしてもそうなんですが、「名作」と呼ばれた創作物に対して尊敬は当然払うべきですし、後の世代にも語り継いでいかなければいけないものだと私は考えています。両者とも主張があるのは分かりますが、世に出て大多数の人々に影響を与えた作品を制作サイドのゴタゴタで読めなくなってしまった事実は動かないわけですし、今後もこの状態が進展しそうにない事を読者として憂いているのは私だけではないでしょう。

アニメの再放送も同じ理由から難しいらしいですし、よほどの事態転換でも起きない限りキャンディに再会するのは難しい状況。こういったマンガは他にもないわけではありませんが、ここまで人気と影響力があったマンガなだけに余計に惜しまれるのです。
今、出来る事といったらマンガ喫茶や古本屋を回るか、ネットオークションに高値で出品されている単行本を更なる高値で競り落とすかくらいでしょうか。本当は正規に本屋さんで並んでいるものを買いたいところではありますが、本当に読みたければ仕方がありません。まさに「背に腹は変えられない」といった心境です。

10年ほど前にスピリッツで連載されていた「編集王」というマンガの中に「キャンディ」の1シーンが登場していました。その「編集王」、去年発売された文庫版ではキャンディが登場するシーンがまるまる白紙になっていたんですね。これを見て、作者さんの皮肉とも抗議とも取れる無言の抵抗を感じてしまったのです。(もちろん背景説明はありますけどね)。
読めないと知ると余計に読みたくなる不思議な心理。「キャンディ・キャンディ」でそんな心理が爆発してしまったのでした。



それにしても読みたいんですよねぇ…。
テリィが落ちぶれ役者になったところをキャンディが目撃するシーンとか、ステアの飛行機が墜落する時にパティの事を想うシーンとか。この年齢になってもサングラスと口ヒゲを生やしたナイスミドルを見ると「アルバート…いや、ウイリアム大おじさま?」とか思ってしまうあたりがオッサンですな。


ピクロスが帰ってきた!
私はあまり携帯アプリに対しては積極的になれないので、本当に「ちょっと遊ぶ」程度のソフトしか入れていなかったのですが、なぜか「お絵かきロジック」と呼ばれる理詰め型イラストパズルだけは例外でして、あちこちにあるアプリをダウンロードしては片っ端から解いて遊んでいます。
数字と睨み合いをしながらマス目を埋めていき、最終的にはイラストが浮かび上がる…というこのパズル。元々は紙媒体から始まったパズルですが、ゲーム機で遊ぶと鉛筆も消しゴムも要らない手軽さが私の心を掴んだのか、一旦始めてしまうと中毒のように遊んでしまいます。「数独」など理詰め型のペーパーパズルは数多くありますが、そんな中でも私の中では最も高い場所に位置しているといっても過言ではありません。本当に大好きなパズルシリーズの1つです。

そんな一度遊んでしまうと止まらない「お絵かきロジック」。任天堂ブランドでは旧ゲームボーイの頃から「ピクロス」という名称でソフトが2本ほど発売されていますし、スーパーファミコンでは「マリオのスーパーピクロス」というソフトが発売されています。こちらはWiiのバーチャルコンソールで先月からダウンロード出来るようになっていますのでご存知の方も多いのではないでしょうか。
もちろん基本ルールは他社のものと全く一緒ですので「任天堂だから特に面白い!」と言うほどのものではありませんが、さすがに操作系などは快適そのものでストレスなく遊べるようになっています。個人的にはミスをすると持ち時間が減らされるのはどうかとも思ったりしますが、そこは「正確さも求められる」というゲームにおける大前提もありますので仕方がないところでしょう。絵柄もバラエティに富んでいますし、問題数もかなりの数が仕込まれていて、任天堂のラインナップ中でも密かな私のお気に入りのシリーズだったりするのです。

その「ピクロス」シリーズの新作がとうとう…というか、ようやくDSで今月の25日に発売される事になりました。タイトル名もズバリ「ピクロスDS」。どういう仕様になっているのかWi-Fi対応になっていたり、アドバンスの「通勤ヒトフデ」のように毎日新しい問題が1問ずつ追加されたり…といろいろな趣向を凝らしてあります。
もちろん私はまだ遊んでいませんが、仮にも任天堂の「ピクロス」ブランドですから、プラットフォームがDSに移ったところで操作系に関しては心配はいらないでしょう。ピクロスという理詰め型のパズルゲームはタッチペンとの相性も良さそうですし、2画面を使う事で見せ方にも一工夫できそうです。期待したいところでは、今までのシリーズでは15X15のマス目しかありませんでしたが、今回はぜひそれ以上のマス目を用意してもらいたいですね。可能ならば30X30くらいの大絵柄に挑戦してみたいですが、果たしてどれくらいまで表現できるのか?そのあたりにも注目しています。

そんな楽しみな「ピクロスDS」ですが、唯一の心配点は問題数。ゲームボーイでも結構なボリュームがありましたが、果たして新作であるDSではどれほどの数を用意してくれるのでしょうか?もちろん多いに越した事はありませんが、引っかかるのが先ほど書いた「毎日新しい問題が…」の部分。これはひょっとして秋に発売された「常識力」のように一日に遊べる数が制限されている…という事でしょうか?たとえば「今日はいっぱい問題を解くぞ!」なんて意気込んでも、「今日はここまでね」なんてソフトの方で制限されてしまうのでしょうか?
それでは困りますね!いつでも中断できるのは最近の携帯機のいいところではありますが、遊びたい時には思いっきり遊べるのもゲームのいいところです。ましてこれは「常識力」のような軽めのクイズゲームとは違ってパズルゲームなのですから、集中してガツンと遊びたい時だってあるでしょう。
毎日新しい問題が出てくるのもいいですが、遊びこめる仕様も忘れずにおいてほしいですね。心配しなくてもこの手のパズルは中毒性があるので、毎日遊んでもらう為の仕掛けなんて不要です。ハマってしまえば狂ったように毎日遊んでしまうに決まっています!

ま、これらの事も結局のところは憶測に過ぎません。実際のところはおそらく「毎日一問」モードもある…程度で、しっかりと遊べるモードもちゃんと用意してある事でしょう(ありますよね!?)。
今からこんな事まで心配してしまうくらい楽しみな「ピクロスDS」。毎日チョコチョコ解いていくのもよし、一気にガツンと解いていくのもよし。そんなパズル生活が始まるのが今からとても楽しみなのです。


遊びたい気分になれない?
この2日ほど仕事で出張に出ていました。今日はその最中に気付いた事を書きます。

さて出張中はずっと「ドラクエモンスターズ」を遊んでいたのですが、今ひとつ気分が乗っていない自分に気付いてしまいました。もちろん面白くないわけではありません。配合システムはやっぱり秀逸だと思いますし、「モンスターズ」シリーズでは初めてとなる3D化についても遊んでみると「すげぇ!」と唸ってしまうほどの出来です。
でも今回のDS版を遊んでいると、なぜかゲームボーイ版を遊んでいた時ほど夢中になっていない事が自分でも判ります。たとえば配合。今回はスキルシステムなどの導入により前作にも増して奥が深くなっているのですが、この作品のキモとも言える配合システムに喜んでいる反面、心のどこかで「めんどくせぇなぁ…」なんて思っているのが判るのです。
その理由を自分なりに幾つか考えてみました。

まず「どうしてもポケモンと比べてしまう」。
やっぱりDSのポケモンを図鑑コンプリートした時点で一旦終了してしまったのは、自分で思っている以上に堪えているようです。「モンスターズ」を遊んでいても「ポケモンならこう育成するのに…」など、何かにつけてポケモンと比較してしまうのです。要するにポケモンに心残りが強いために、「モンスターズ」を受け入れきれないのですね。
もちろんコンセプトそのものから異なる別のゲームですし、比べる事そのものがナンセンスなのはよく判っています。さらに言えば、自分の中では「ドラクエ」というのは特別な存在で、ポケモンすらその前では存在が霞む…とすら思っていました。
でもダメですね。私の中ではポケモンは予想以上に大きくなっていたようです。どちらがいいとまでは思わないものの、「あっちならこうしていたのになぁ…」とは考えてしまいます。こんな心残りがないくらいにポケモンを遊んでおけば、こうは思わなかったかもしれません。このあたりに夢中になれない理由の1つが確かに存在しているようです。

また「もっと遊びたい別のゲームがある」…というのもありますね。
これはスパイラルに近いのですが、上記のような心境に入ってしまうと、だんだん「こんなに迷いがあるなら別のゲームを遊んだ方が…」と思い始めてしまいます。そう考えてふと遊びたいソフトや自分の部屋にある「積みゲー」を思い返してみると、のめり込めないでいる「モンスターズ」よりも遊びたいソフトのタイトル名が後を絶たずに浮かんできます。
これもマズい兆候ですね。他のタイトルが頭に浮かぶと「とりあえず挫折するか」、「とっとと終らせてしまうか」の2択になってしまいます。ここで後者を選ぶならまだ救いがあるのですが、今の心境が続くと前者の「とりあえず挫折」を選んでしまいそうです。実際、心の中には「ま、そのうちまた遊びたくなるだろうから、その時に…」なんて事を囁く声が聞こえてきています。このままですと、本当に「後回し」という名の挫折をしてしまいそうです。ここ数年は挫折したゲームが少なかったですから、もし本当にそうなったら実に久しぶりの「珍事」となります。

最後に「やっぱりアクション系が遊びたい」という根本的な問題。ま、これに関しては「それを言ったらおしまいだろ!」…と返されても仕方がないのですけどね。でも本当の話です。やっぱりアクション系の要素が入るゲームが遊びたいんですよ!
実際、「モンスターズ」の合間に遊んでいるゲームはPSPの「戦国キャノン」というシューティングゲームです。トイザラスで1000円を切った値段で売っていたので買ったのですが、そこそこ楽しめますので、つい遊んでしまっています。比較的ハードな弾避けを要求されるゲームなのですが、必死で弾を避けていると「この感覚っていいよなぁ…」なんて、ふと自分で思ってしまいます。やっぱりこういうゲームを体が求めているのかもしれません。(ただ、このゲームそのものに対しては言いたい事が山のようにありますので、後日記事にしようと思います)

結局、今のところは何とか続けている「モンスターズ」。でも来週に入ると期待の新作「怪盗ワリオ・ザ・セブン」が出てしまいますし、月末には最悪の中毒ソフト「ピクロスDS」も出てしまいます。
果たしてこのまま煮え切らない気持ちを抱えたまま「モンスターズ」を続けていくのか?それともとりあえず挫折しておいて、軽めのゲームで繋ぎつつ「怪盗ワリオ」にスライドしていくのか?

その結果が出るのは、そんなに遠くない未来だと思われます。果たしてどうなるのか?自分でも判らないからタチが悪いのです。



私信:ここ数日コメント返しが滞っていますが、明日にはしっかりとコメントさせて戴きますのでご容赦下さい…。

子供の危険から守るために
まず先にお断りを。これから書く内容はタイトルをよく読んで頂ければ分かる通り、子供「を」ではなく子供「の」危険から大事な物を守る話です。もちろん世間では子供を巻き込んだ犯罪が多発しているのは重々承知していますが、ここはゲームのブログですので、これから書く内容もあくまでゲームの話題です。それ以上の内容はありません。
(いや、書いておかないと「不謹慎な!」なんて声が挙がりそうで…)


こんな話を先日聴きました。私の仕事仲間が現在DSの「ドラクエモンスターズ」をプレイ中なのですが、ちょっと油断してDSをその辺に放置してしまうと、いつのまにか子供さんが勝手に遊んでしまうそうなのです。その子は普段からお父さんのプレイを横から見ていましたから、何となく「こういうものだろう」と子供なりに判断して遊んでいるのですが、それはあくまで「子供なり」であって、残念な事にゲームのルールの本質は全く理解していません。
とりあえずボタンを押していれば戦闘は展開されますが、「回復」という行為を理解していませんから当然そのうちパーティーは全滅、手持ちのゴールドはみるみるうちに減ってしまいます。困った事にこのゲームは全滅した後に復活した場所でセーブが出来てしまいますから、ポンポンとボタンを押しているうちに全滅後の状態でセーブしてしまい、しばらくした後にお父さんがいざプレイしようとすると極貧の状態からスタートする…そんな事がこの年末年始で何回も繰り返されたそうです。
結局その仕事仲間は「ゲームを終了する時はゴールドを全額預けてから」というのを徹底するようにしたとの事。自宅に潜む危険から大事なデータを守るには自分が徹底するしかないとの結論に達したそうです。

別にこのような事なら我が家では今に始まった事ではありません。データの上書きならまだしも、うちの小僧なんかは私のデータを容赦なく消してしまいます。特にDSではタッチパネルで諸々を操作でき、データ管理もその例外ではありません。子供は「ボタンっぽいもの」を押したがる傾向がありますから、タッチパネル上の片隅に置いてある「データを消す」の小さなボタンを何の躊躇もなく押してしまうのです。
その後、嬉々として私がゲームを遊ぼうとした時の落胆っぷり…ご理解頂けるでしょうか?そこそこに遊びこんだデータがいつのまにか「プレイ時間00:16」などとなっていた時の絶望感といったら言葉にどう表現したらよいのでしょう!?今まで蓄積したあんな冒険の思い出やめったに成功しない超絶プレイが成功した証などが、一瞬にして消滅してしまっているのです。特に私は遊ばなくなったゲームでもセーブデータは「遊んだ証」として大事にとっておく性格なだけに、データ消去はその「遊んだ証」を無かった事にされたように思えてしまいます。たとえ遊んだのが数年前のゲームでもデータが消されてしまうと「こうなりゃまた最初からやるか?」くらいの事を考えてしまいます。

これらのような「事故」を防ぐためにはどうすればいいのでしょう?もちろん様々な対策方法が考えられますね。中には「子供の前でゲームをしなければいい」、「ルールが理解出来るようになるまでゲームという娯楽に触れさせなければいい」という、根本問題を指摘する意見もあるかと思います。
しかしまぁ、今更それを言い出しても仕方がありませんので当面の対策を考えるとすると、やっぱり「子供の手の届く場所にゲーム(ソフト)を放置しない」という所に結局は落ち着いてしまうのでしょう。本来、自分が本当に大切にしているものなら自分がしっかり管理するのは当然の事で、それを怠ったからデータを失ったとしてもそれは自分の落ち度と指摘されても仕方が無いことです。子供に「データとは何ぞや」を教えることも後々には重要になる事ではありますが、それを子供が完全に理解できるようになるまでには時間がかかりますから、せめてそれまでの間だけでも自分でしっかりと管理しなければならないんでしょうね。

小さな子供のいるゲーマーにとって、データの管理はそれこそ死活問題。いかに守りきるか、それとも割り切って子供の手に委ねるか?家庭によって事情は様々だとは思いますが、結局まずは自分で何とかしなければいけないのだなぁ…と仕事仲間の話を聴いて思ったのです。
とりあえず私はデータを消されても許す寛容さを育む事が出来ました…悲しい事に。




ま、そうは言っても気持ち的には割り切れないのも事実。据え置き機やPSPは外部メモリーにセーブする方式ですからバックアップできるからいいとして、DSやアドバンスでもバックアップが取れればなぁ…とは思いますね。アングラツールを使えば可能ではありますが、そっちには手を出したくありませんし。

ドラクエの厚いファン層
週刊新潮の新春号に掲載されているミニコラム、「マイオンリー」のコーナーで女優の淡路恵子さんがドラゴンクエストについて語っています。淡路恵子さんといえば女優としても大御所で、73才にして三越劇場で舞台を踏む大ベテランです。
そんな淡路さんのドラクエに対する愛情がこのコラムで語られているのですが、これがとても面白くてですね!つくづくゲームというのは年齢ではなく、プレイヤーの思い入れ1つなんだなぁと改めて思ってしまったのです。

このコラムによると、まず淡路さんがドラクエを遊ぶに至った経緯が非常に面白いです。もともと麻雀が大好きだったのですが、麻雀は4人揃わないと遊ぶことが出来ません。そこでファミコンの麻雀ゲーム、それもどうやらロールプレイングタイプの麻雀ソフトを遊び始めたんですね。コラムによると「主人公が魔物に遭遇すると麻雀をし、勝つと強くなっていく…」とありますから、これらのヒントから察するにおそらくニチブツの「麻雀大戦」だと思われます。
で、それを遊んでいる淡路さんの姿を見て、お孫さんが「じゃあ、こんなのもやってみれば?」と薦められたのがドラゴンクエスト。この時点で既に3作目まで出ていたそうですが、1作目から遊び始めたそうです。小さな頃から「指輪物語」(ロードオブザリング)などに親しんでいたせいもあり、また世界観や音楽の美しさも手伝って、ドラクエに魅せられた淡路さんはこのシリーズの大ファンとなり、その後は寝る時間も惜しんで遊ぶようになったそうです。

タレントさんや芸能人の方のブログなどを読んでいて「このゲームが面白いよ〜」なんて事が書いてあるのが日常茶飯事になりつつある昨今ですが、淡路さんのような大御所の方にドラクエに対する愛を切々と語られてしまうと妙に嬉しくなってしまいますね。もちろんドラクエは年齢を超えて多くの人に愛されているのは今さら語る事ではありませんが、それでも雑誌に掲載されている写真、PS2のドラクエのパッケージを両手に持って嬉しそうに笑っている淡路さんの写真を見ていると、それだけで「あぁ、こんな方もゲームで遊んでいるんだなぁ」なんてゲーマーとして嬉しくなってしまうのです(写真は実際に雑誌を見て下さいね)。

コラムによると携帯電話の着信音までドラクエにしているほどシリーズのファンである淡路さん。彼女が言うには「ドラクエの底流にあるのは愛」だそうです。「国を愛し、両親を愛し、兄弟を愛する。そして努力が報われる。その主人公が私である」そんな部分に魅力を感じる…との事。これはまさしくその通りです。でも、もちろんこれはドラクエだけが持つ魅力ではありませんね。そこに魅力を見出せたのであれば、ドラクエだけではなく他のゲームにも必ず魅力を感じてもらえるものがあると思います。特に「努力が報われる」という部分に関してはゲーム根本のものですから、ここに魅力を感じたのであればゲームそのものにもっと興味が持ってもらえるかもしれません。
私も「ゲームを好きな理由」を訊かれて必ず挙げる答えの1つが「努力が報われるから」です。その時は無駄で単調に思える事、例えば経験値稼ぎだろうとエラーアンドトライだろうと、そこでした努力は必ず後に報われると信じています。さらにそれはそのゲームに限った事ではなく、経験として別のゲームでも活かせる事だってあると思っています。

このコラムの締めには淡路さんからドラクエのデザイナーである堀井雄二さんに向けてこんなメッセージを残しています。
「2年に1度は新作を発表してほしい。私だっていつまでも生きているわけではありません。せめてあと2作は楽しませてもらいたいと思っています」(原文のまま)
…なんか寂しさを残しますね、このコメント。もちろん新作を早く遊びたいのは年齢を問わずファンの共通の願いではありますが、こういうコメントを見てしまうと、私も「早く出してあげて下さい!」なんて思ってしまうのです。

普段は「クオリティ向上の為なら発売延期もやむなし」という考えを持ってはいますが、こんなコメントを聴いてしまうとなかなか一概にはそうは言っていられないと反省してしまいますね。
高齢の方も楽しみにしていらっしゃるドラゴンクエスト。つくづくその守備範囲の広さに驚かされ、また受け入れる層の厚さにも驚かされてしまいます。



毎日据え置き機を遊んでみて
「毎日据え置き機に1時間は触る」を合い言葉に始まった2007年。さすがにまだ年が明けてから1週間ほどしか経過していませんので、今のところはなんとかこの公約は守り続けています。
その据え置き機、毎日何を遊んでいるかといえば「ゼルダ」をプレイ中という事もあって当然Wii。毎日Wiiで「ゼルダ」を遊んでいます。おかげで今年に入ってからプレイ時間が飛躍的に伸びて、ストーリーも中盤あたりまでアッという間に突入しました。この調子を保っていければ、今月の中旬過ぎにはきっとエンディングを迎えられる事ができるでしょう。
年末の仕事が忙しかったせいもありますし、Wiiに触っても「カドゥケウス」やら「おどるワリオ」やら…といろいろなゲームをかじりながらプレイしていたせいもあって、実は去年の終わり時点でゼルダのプレイ時間はたったの6〜7時間ほどしか達していませんでした。それが昨日の時点で22時間ほど経過している事になっていますから、いかに今年に入ってペースが上がっていったかがよく判ります。

今までの経験上、私にとっての据え置き機の「壁」ともいえるものが「いかに電源を入れるところまで行くか」という事に尽きていました。携帯機の方がこれだけ高性能かつ面白いソフトが出揃ってしまうと、どうしてもわざわざテレビの前に座って据え置き機の電源を入れるのが億劫になってしまうものです。たとえ面白いソフトがあると判っていても、「携帯機でも面白いゲームはあるしぃ〜」などと訳の判らない事を言いつつDSのフタを開ける…そんな日々が続いてしまっていたのです。
もちろんそのおかげでこの1〜2年は数多くのDSソフトに触れる機会があったわけですが、自宅でもDSをプレイしてしまうと据え置き機のゲームに触れる機会は相対的にどんどん減っていきます。去年は360を購入したりとキッカケはあったので据え置き向けソフトも何本かは遊びましたが、携帯機に比べると圧倒的にクリアした本数は少ない状態。これでゲーマーを名乗るのはさすがにおこがましいだろう…というところまでになっていたのです。

そういう反省の意味も込めて打ち立てた今年の目標、「毎日1時間は据え置き機を遊ぶ」。こうやって実践してみると…もう一旦遊び始めてしまえば、とても1時間なんかじゃ終れませんね!もちろん「ゼルダ」が面白いせいもあるのですが、やっぱり私のゲーム人生の大半は据え置き機で育まれたものですから、頭と体がまるで「この感覚が欲しかったのよ!」と言っているかのように喜んでいるのがよく判ります。
たとえ「ゼルダ」が一段落してWiiのメニュー画面に戻っても「せっかくだから何か別のを…」と言いながら、今度はゲームキューブのソフトが収納してある棚を見たり、バーチャルコンソールのソフトを選び始める始末。つまり、せっかくWiiの電源が入っているのだからキューブや他のゲームでも遊ぼうか…という気になっているのですね。

ここ1〜2年は本当にDSにドップリとハマってしまっていて、正直なところ「もう据え置き機の時代じゃないのかも…」なんて思った事もありました。実際にソフトの売り上げなどを見ても据え置き機を差し置いて携帯機の方がショップのメインになっていますし、どこでも遊べるという利点は据え置き機には持ち得ない最大の魅力です。そんな点からも、そういう風に考えてしまうのも仕方がなかったのだとは思います。
しかしいざ据え置き機を遊び始めてみると、こちらの利点も捨てがたい事に気付いてしまいますね。その利点とはもちろん美しいグラフィックや音楽であり、携帯機とは比べものにならないほどのボリュームや遊び応えであり、何よりも片手間感のない真剣味とでもいいましょうか、ゲームという娯楽の為にわざわざ自宅でテレビの前に座っている…というゲームに正面から向き合っている感触。これが何よりも心地よいのです。

まぁ実のところゲームを遊ばない人にとってはこの部分こそが最も理解し難い部分だったりします。だからこそ携帯電話と同様に片手間的に遊べてしまう携帯ゲーム機の方がライト層には受け入れられやすいのでしょう。でもゲーマーであるなら据え置き機の存在の大きさも忘れてはいけないなぁ…と今回の目標を実行していて反省してしまったのです。
特に忙しい社会人になると、どこでも持ち歩けてそこそこのボリュームのソフトが遊べてしまう最近の携帯ゲーム機はかなり魅力的です。でもそこで敢えて据え置き機で遊ぶ事もしっかり意識していく事で、ゲームに対する見識をより広く持つ事が出来るのではないかと思うんですね。

まだ今年に入ってから間もないですが、無理にでも据え置き機を遊ぶ時間を作る事で、今さらこんな事に気付いてしまいました。やっぱりいろいろと遊ばないとダメだなぁ…という事ですね。


記事01/01〜01/06のまとめ
日曜日恒例、一週間の記事のフォローです。

01/01「2007年の目標を決める」
今年最初の記事ですもの当然のように「今年の目標」を書いてみました。ここに書いた中ではやはり最初に挙げた「毎日1時間以上は据え置き機に触る」というのが最も死守したい目標です。どうも去年は携帯機の台頭もあって据え置き機から離れていましたが、据え置き機のゲームもしっかりと遊びたかったんですね。
新年がスタートして1週間経過しましたが、今のところ毎日1時間は必ず遊んでいます。このペースを定着する事が出来るのか?しばらくは意識的にでも続けていかなければならないようです。

01/02「今年遊んでおきたいゲームとは?」
記事の中で書きませんでしたが、去年発売されたDSソフト「おさわり探偵小沢里奈」もそうですね。先日、何気なく公式ホームページを見てみたら何とトップページに「I'll be back」の文字が!!これはもしや続編を作っているという事実の表明でしょうか?もしそうなら続編の発売前に前作を遊んでおきたいところです。
このソフトに限らず、新作が出てしまうと「急いで旧作を遊んでおかなくちゃ!」と焦ってしまいます。続編が2〜3作くらい出てしまうと最初の作品を遊ぶ気にならなくなってしまいますからね…。早めに追いついておかないと遊び逃してしまいそうです。

01/03「近代麻雀に魔女降臨」
よくよく考えてみれば「近代麻雀」と「ヤングマガジン」の両誌で書いている作家さんが既にいましたね。福本伸行さんが「近代麻雀」で「アカギ」を、「ヤングマガジン」で「カイジ」を描いていらっしゃいます。そう考えると両社の担当が顔を合わせる機会も少なくないでしょうから、今回のCLAMPゲスト参加もそんな流れから現実化したのかもしれません。
それにしても「近代麻雀」は面白い…。私にとっては「アカギ」と「むこうぶち」だけで読む価値があります。その「むこうぶち」はもうすぐDSソフトになるそうで。嬉しいですけどニーズはあるんでしょうか!?

01/04「復活パターンに芸術を見た!」
実際にお見せできないのが悔しいくらい素晴らしい弾避けの技術を披露しているんですよ!時代が古い作品ですので最近の「弾幕系」と呼ばれるシューティングとは違って当たり判定はかなり大きいはずなんですが、そのハンディを吹き飛ばすように微妙な動きで弾をかいくぐります。
映像を見ると「あぁ、こんな動きが出来るようになりたいなぁ…」なんて非常に憧れたりもするのですが、現実的に自分の技術を考えるとやっぱり無理かなぁと。シューティングは作品数をこなして技術を磨かないといけませんね。弾避け技術は一朝一夕で身に付くものではありません。

01/05「「ドロッチェ団」の2つのやさしさ」
拍子抜けするくらい簡単だった「ドロッチェ団」。ここまで簡単なアクションゲームというのも本当に久しぶり…というか、DSでは初めてかもしれません。今までは「スーパープリンセスピーチ」が最も難易度が低いかと思っていたのですが、あの作品もモンスター図鑑を完成させるにはそれなりに遊び込まなければなりませんでした。
でもこういう作品もゲームの入り口として今後ますます必要になってくるのかもしれません。将来には「初めてクリアしたゲームが「ドロッチェ団」でした」なんて発言がゲーマーの間で訊かれそうです。

01/06「ショート記事いろいろ」
自分でも判っているのですが、時間がないとすぐにハードの売り上げの話に走るのは悪いクセですね。それでも書きたくなってしまうくらい、PS3が売れていないのです。ちょっと切ないなぁ…なんて思ったりしながらショップを見て歩いています。
PS3では「ガンダム無双」なんていう「真・三国無双」の亜流ソフトが出る事が話題になっていますが、私なんかは素直に「三国無双」シリーズの新作を出してくれた方がよほど嬉しいんですけどね。ガンダムが嫌いなわけではありませんが、どうも安っぽく見えてしまって…。

近況報告
・今週は新年最初の週という事もありまして、手抜きがちな記事が目立ってしまいました。でもこれくらいのボリュームが一番書きやすいといいますか、据え置き機を触る時間をしっかり残しておけるのです。
「今年の目標」にも書きましたが、やっぱりブログの記事も長過ぎるのはよくないなぁと。過去の記事を見ていると「これだけで3本分の記事が書けるんじゃないの?」という内容をムリヤリ1日分の記事に詰め込んでいたりと、かなり無駄が多かったんですね。今後はこの無駄をどう減らしていくのかが課題になりそうです。

・予告です。今週の水曜日はおそらく記事が休載になります。出張で記事を書く時間がおそらく無いのです。ショート記事くらいは書ける…かな?



それでは来週も宜しくお願いします!